平成17年度 行政書士試験問題
※ 出題当時以後の法令等の改正には対応していません。
一般教養
問題41 次の(ア)〜(キ)のカタカナで書かれた語を漢字にしたとき、その漢字を含むものは、枠内の熟語の中にいくつあるか。
(ア)コンダテを考える。
(イ)キゼンとした態度。
(ウ)人の話をサエギる。
(ネ)家をフシンする。
(オ)物価がボウトウする。
(力)細菌をバイヨウする。
(キ)カンキュウ自在の投球。
| 冒険・請願・遮光・放棄・賠償・貢献・外套・十全・潰瘍・寛容 |
1 二つ
2 三つ
3 四つ
4 五つ
5 六つ
問題42 次の(a)〜(f)の語のなかで、本来の意味と対応させたとき、正しく言い換えられているとはいえないものはいくつあるか。
(a)アセスメント 調査項目
(b)インターンシップ 就業体験
(c)フォローアップ 追跡調査
(d)モラトリアム 猶予
(e)ワーキンググループ 労働団体
(f)ワークシェアリング 仕事の占有
(参照 国立国語研究所「『外来語』言い換え提案」)
1 二つ
2 三つ
3 四つ
4 五つ
5 六つ
問題43 次の文中のA〜Eを漢字にしたとき、その下線部の漢字がすべて正しいものはどれか。
皆さん、歴史の教科書に出てきた「金印」、今どこにあるかご存じですか。九州の福岡市博物館にAジョウセツ展示されています。(中略)
金属なのに錆びない金。永い永い年月、土の中にあってもそれが掘り出されると意外なほど新鮮な輝きを保って人々の眼前に現れる。
今からちょうど220年前、江戸は天明四年(1784年)、博多の海上に浮かぶ志賀島で農作業中の村人が、偶然それを見つけたときもそうだったであろう。水で洗ってみるとその美しい光はBマゴうことなく金で作られた何ものかであった。蛇の形をCイタダいた方形の彫像物は、その重要性を暗示するように小さいながらも十分に重かったに違いない。それが、当時からさらにさかのぼること千数百年、漢が九州の小国に授けた印綬であることを直ちに見抜いた人物がいたということは驚くべきほかはない。福岡藩のDジュガク者、亀井南冥である。彼は「後漢書」の夷伝のその箇所を知っていたのだ。
「建武中元二年(西暦57年)、倭奴国、貢を奉り朝賀す。光武賜うに印綬を以てす」
確かにその印には「漢委奴国王」とあった。
Eケイガンとはこのようなことを指すのだろう。奴国とは、現在の九州那珂郡あたりにあったとされる前大和王朝期の小国である。一時は贋物説も飛び交った金印だが、同時期に作られた同種同型の兄弟印が最近になって中国で発見され正当性が確定した。
(出典 福岡仲一「眠れる金」より)
A B C D E
1 定説 粉 帯 儒学 携眼
2 常設 紛 戴 儒学 慧眼
3 常設 吻 滞 授学 敬眼
4 常設 紛 滞 儒学 携眼
5 定設 紛 戴 授学 慧眼
問題44 次の文中の空欄[a]〜[j]には、助詞「に」か「で」が入る。1〜5のうち、助詞「に」が入る組合せはどれか。
「ぶん ぶん ぶん」といえば、小学校1年生向けの単純明快な歌です。しかし、ここにも助詞の使い分けに関する問題が潜んでいます。
ぶん ぶん ぶん 村野四郎作詞
ぶん ぶん ぶん、はちがとぶ。
おいけの まわりに
のばらが さいたよ。
ぶん ぶん ぶん、はちがとぶ。(文部省唱歌、昭和22年)
この歌の「に」を「で」にすることもできるのです。次のようになります。
おいけの まわりで
のばらが さいたよ。
紙幅の都合上割愛しますが「〜で咲く」という用例はもちろんあります。また、例えば、
今朝、バルコニー[ ]、鉢植えの朝顔の花が美しく咲いた。
の括弧の中に入るのは、どちらかといえば「で」だという気もします。「で」は濁音で歌の中では好まれないということもあるかもしれませんが(確かに「〜で咲く」という歌は知りません)、もっと本質的な意味上の違いがありそうです。では、なぜ「おいけのまわりで」でなく「おいけのまわりに」となっているのでしょう。
日本語非母語話者は、よく「私はいま京都でいます」「私は京都に勉強しています」のような、(母語話者の語感からすれば)不自然な文を作ることがあります。そうしたことをヒントにしてよく言われるのは、「出来事が起きる場所は[a]を使う、物や人が存在している場所は[b]を使う」というルールです。このルールで、
図書室[c]百科事典がある。
図書室[d]会議がある。
という違いも説明できます。「百科事典」は物なので「存在」としての表現になり、[e]が使われますが、「会議」は出来事なので、[f]が使われる、というわけです。ここから、「お池のまわり[g]咲く」は、「咲くという出来事がお池のまわり[h]起きる」という意味だと説明できます。(中略)
さて、「場所+に」ですが、もちろん存在の場所を表すだけではありません。例えば、
河原{に・で}空き缶を集める。
のような違いもあります。「河原[i]」となると「空き缶を集める」ことが「河原」という場所で起きるという意味ですが、「河原[j]」となると、「河原」が「集めた空き缶の移動先」となっています。「場所+に」には移動先という用法もあるのです。
(出典 森山卓郎「『で』でない理由」より)
1 a・c・h・j
2 a・d・e・f
3 a・d・g・i
4 b・c・f・h
5 b・c・e・j
問題45 次の文中の空欄[A]・[B]に入る語の組合せとして、最も適当なものはどれか。
理論的解釈とは、一見、相異なる、あるいは矛盾する諸現象を説明しうる論理をうちたてることです。これは思いつきのような一つのアイディアを出して、それに該当すると思われる諸現象をあげて説明していくのとは違います。シンポジウムの中でも私が指摘したところですが、私の「タテ」の理論というものは、決して日本社会は「タテ」であるというアイディアとか信念に発して、諸現象を提示したものではありません。また、封建時代の主従関係、あるいは戦前の社会によくみられたという上から下への権力の行使にその原型を求めたものではありません。それはまず、現実に存在するさまざまな人間関係、集団と個人の関係、集団と集団の関係における諸現象に理論的なつながりを求めようとしたことから発しています。
定着度の高い特定の人間関係、集団の孤立性、上司と部下、同僚との関係、夫婦、親子など家族成員の関係を他の諸社会との比較を念頭においてとらえ、日本のさまざまな諸現象を説明できる論理を見出そうとしたわけです。社会は常に動いているものですし、変化がみられます。したがって、一定の時期に固定した説明ではなく、ダイナミックな運動にたえられる一つのシステムとして抽出しなければならないと考えたわけです。
たとえば、上位のステータスをもつ人(上役、父親など)の権力あるいは権威が失墜し、むしろ、部下や母親の方が強い発言権をもつようになった、というような現象は、集団の孤立性自体には何らの変更を与えませんし、一つの集団の中で誰かが[A]にある、という点でタテという構造の上で何らの変化はなく、同一の構造におけるバリエーションにすぎないとみることができます。したがって、亭主関白も嬶(かかあ)天下も同一の集団構造の異なる表現にすぎないことになります。すなわち、この構造のあり方は、夫と妻が対応し、その各々が侵すことのできない役割、場をもっているという[B]な構造とは異なっています。いずれにおいても「タテ」の関係が出ています。したがって日本における権威主義と民主主義の名のもとにみられる諸現象は同一の構造の中に見出されます。このように、権威主義から民主主義に大きく変わったとされることも、構造論の立場で他の諸社会との比較という大きな視野からみると、実は同一のシステムが存続しているとみることができます。
(出典 中根千枝「タテ社会の力学」より)
A B
1 周辺的な位置 二項対立的
2 中心的な存在 二律背反的
3 基礎的な位置 二極分解的
4 基礎的な存在 二極分解的
5 中心的な位置 二項対立的
問題46 次の文章は、歴史資科について述べているが、ア〜オの中で、本文の内容・趣旨と合わないものはいくつあるか。
平成11年にいわゆる情報公開法が制定され、行政文書が原則として開示されることになった。この法に対してはいろいろ異論もあるが、取りあえず公文書は公開されるものであるとされたことの意義は大きく、同時に歴史的公文書も今後は公開の方向に向かっていくはずと思われる。このことは、日本近現代史研究にとって非常に大きな意味を持っている。
本来的に言えば、オーソライズされた文書による事実の確定が歴史研究の第一歩であり、その上で日記や書簡という私文書の肉付けで豊かな時代像が築かれていくのであるが、公文書の非公開はこの根幹部分を奪い去っていた。そのため研究も私文書=個人史料に依存する度合いが高く、場合によっては私文書で公文書を代用させなければならず、研究者は必死になって私文書を探し求めてきた。この結果は、おそらく他国にも誇れるほどの個人史料の蓄積となったと考えている。(中略)
公文書の公開が促進された場含、私文書の意義は低下するかといえば、それは全く反対である。戦争・震災・火事等による公文書の散逸が激しい日本では依然として私文書が公文書の代用となろうし、それよりも公文書の公開の上にこそ私文書としての本来の価値がいっそう発揮されることになり、それが多彩な史料を駆使し意外な角度から切り込むような新しい歴史研究の扉を開くと期待されるからである。
(出典 李武嘉也「『近現代日本人物史料情報辞典』の読み方」より)
ア 公文書の公開は、「公」であることから、「公」に都合の良いような史的事実の解釈がでてくることが問題となる。
イ 日本におけるこれまでの「公文書の非公開」は、私文書研究という歴史研究分野の進展をもたらした。
ウ 公文書の公開は、歴史の事実の解明を可能にするようだが、私文書があればその虚偽性を証明することができる。
エ 私文書は、公文書の公開によりその補いという役割となり、歴史研究上の史料としての意義が低下することは免れない。
オ 私文書は、公文書の公開によって、私文書が存在する理由や文書の内容の理解が進み、史料としての意義がはっきりする。
1 一つ
2 二つ
3 三つ
4 四つ
5 五つ
問題47 次の年表は、1962年のキューバ・ミサイル危機を挟んだ1954年〜1970年における核兵器・宇宙開発関連の主な事件を記載したものである。(A)〜(E)の中に入る国名の正しい組合せはどれか。
1954年3月1日 アメリカ、水爆実験(ビキニ環礁)
1957年5月15日 、(A)水爆実験(クリスマス島)
8月26日 ソ連、ICBM実験成功を発表
10月4日 ソ連、史上初の人工衛星スプートニク1号打ち上げ
1958年1月31日 アメリカ、人工衛星エクスプローラー1号打ち上げ
1960年2月13日 (B)、原爆実験(サハラ)
1962年10月22日〜28日 キューバ・ミサイル危機
1963年8月5日 米ソ英、部分的核実験停止条約調印
1964年10月16日 (C)、原爆実験
1967年6月17日 (D)、水爆実験
1968年7月1日 核拡散防止条約調印
8月24日 (E)、水爆実験
1970年4月24日 中国、人工衛星打ち上げ
A B C D E
1 ソ連 イギリス フランス 中国 フランス
2 アメリカ フランス イギリス フランス 中国
3 イギリス フランス 中国 中国 イギリス
4 イギリス イギリス フランス フランス 中国
5 イギリス フランス 中国 中国 フランス
問題48 議院内閣制に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
1 大統領制に比べて議院内閣制のほうが権力分立の原理が忠実に適用され、立法権と行政権の分離が徹底される。
2 議院内閣制を採っている国々では、日本国憲法と同様に、議会が最高機関であるとする明文の規定を置いている。
3 議院内閣制の母国とされるイギリスでは、国民の政治的意思を忠実に反映させる選挙制度としての比例代表制が採用されている。
4 日本の地方自治体の制度は首長主義を採っているが、議会の長に対する不信任と長による議会の解散とを対抗させる仕組みは議院内閣制と同様である。
5 議院内閻制では、内閣の意思決定と政権党の意思決定が対立することが通例であるため、内閣の閣内不一致による総辞職が引き起こされやすい。
問題49 国および地方公共団体が不足経費を補うために発行する公債に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。
1 国の歳出について日本の財政法は、国会の議決による例外を除いて、「公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と定めている。
2 不況対策としてとられる財政政策の手段には色々あるが、一般財源の不足を補うための歳入補填国債の発行はできない。
3 長期国債の償還、借り換えに対処するための短期国債は、日本銀行の引き受けが可能な政府短期証券と同一である。
4 地方債は国債と異なって日本銀行の引き受けが行われておらず、すべて郵便貯金、簡易保険の資金で購入されている。
5 地方分権を推進するための地方自治法の改正により、地方債の発行に対する国の関与は撤廃され、地方公共団体の裁量に委ねられることになった。
問題50 日本の中央銀行が現在果たしている役割に関する次の記述のうち、誤りが二つある。その組合せとして正しいものはどれか。
A 公定歩合の変更、公開市場政策による市中資金量と金利の操作、市中銀行が預託している準備率の変更を通じて銀行の与信量を増減する。
B 為替率の適正な水準を維持するため、外貨集中制を維持し、外国為替と貿易との一体的な管理を行う。
C 国庫金の出納を扱い、政府短期証券を引き受け、政府財政の資金繰りの調整を行うほか、必要に応じて法定外の公債の引受けも行う。
D 銀行の経営実態を把握し、必要に応じて銀行に対し考査を行い、その指導・監督を行う。
1 A・B
2 A・C
3 A・D
4 B・C
5 B・D
>>> 問題51〜60 法令択一 記述式
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